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2009/01/11

財政支出の改造

○もはや、日本列島の在住する日本国籍を有する者の人数については、外部からの移民を制度的に全面肯定しない限り、将来的に、ほぼ100年近くは増大しない(これは人口学的に既に決定している事情である)。

○日本の平均的生活水準レベルは、十分高度になっていることから、今後は、これを共通的・公平的に分配することにより、最低限レベルの引き上げに政策転換して、社会厚生の発展を図るべき(ロールズ的価値観の徹底→最低保障の徹底化、権利化)。

○今後、「高度成長の追求」などということは、人口減少という冷徹な現実の前では、政策目標として無意味であり、それよりも、現在の人的資源(可能労働人口)を前提として、その人的資源を無駄使いせず、かつ、その人的資源を、先の最低生活水準の引き上げに活用すべきである。

○これまでの日本政府の政策は、高度成長を前提に、財政収入の増分を裁量的・戦略的に配分することによって、国民の行動を誘導し、一定の政策を実施してきた(成功したかどうかは別)。そのため、既往の財政支出構造は、国民の行動変化の前提与件であり、政策効果の確実性のためには、「動かさない」ことが必要であった(操作結果の予見可能性を高めるためには、操作変数は小さい方が合理的)。

○財政収入が増加しなくなった現時点においては、「政策の実施」とは、増分の分配ではなく、支出分野の変更ということに必然的にならざるを得ない。

○勿論、中央銀行引き受けによる国債発行、すなわち決済ツールとして使用が義務づけられている通貨の増発という形での資金調達もあり得る・この方法では、インフレ税という国民負担が生じるが、この通貨発行益による「増分」という政策資源の調達は、先験的に否定されるべきものではない。ただし、目下のようなデフレ経済期においてはという留保条件つきであり、かつ、10年程度は継続できるが長期継続的には実施できないことには注意が必要だが。

○今後、日本経済にとって、少なくとも国の公的支出としては、将来の経済成長のための固定資本形成への支出に、積極的意味がなくなっている。構造改革期の一種の「しばき主義」「清貧主義」「米100俵主義」によって、科学技術振興等に資金が振り向けられたが、このような支出は実態としては、何の成果も生み出しておらず、ポスドクや成果のない大學や研究者の雇用維持ツールや大企業の「遊び金」に堕している。また、社会インフラ整備と称する大規模失業対策事業も、その成果物に対する満足が著しくゼロに近い状態(昨今のダム等に対する地方自治体の反対表明は重要である。また、道路関係諸税の一般財源化は、道路事業への政治的支持の低下の現れと解される)では、その支出の正当化は難しい。

○ノーベル賞の獲得などは、待機児童の解消や老人の生活安心確保に比べれば、国民生活にとって、何の政策価値もない措置であり、各研究機関が自助努力でやれば良いだけの話。科学技術振興費をネットで削減してでも、国民の最低生活水準の向上を図るべき。公共事業については、そもそも、江戸時代まではその地域地域で必要なインフラ整備を行ってきたのであり、国家的動員の価値が低下している現在では、地域主体のインフラ整備に戻るべき。よって、これまで国が負担してきた公共事業の負担及びその使途は、地域の自律的判断に任されるべきである。つまり、地方財政計画上地方公共団体は、社会保障負担として13兆(国の義務負担分が5兆程度あるので、8兆が純負担)の負担をしているので、この負担を大幅に軽減すれば、地域インフラ整備を地域が自律的に行う財源は確保できるし、その範囲で行うべきである(いわゆる地方財政計画上の投資的経費は15兆程度であるが、国からの義務負担が3兆程度)。

○よって、これらの公共事業支出や大學・研究機関(独立行政法人を含む。)への支出は、大幅に削減し、それらによって生じる20兆(公共投資18兆、科学技術振興費2兆)を社会保障に順次充当していくことにする。

○要すれば、ナショナル・ミニマムの確保は、公共事業によって実現するのではなく、より直接的に社会保障で行うように、国家の構造を作り替えるのである。つまり、医療や保育のユニバーサル・サービス化を国の政策として徹底し、どの地域に住んでいても、社会保障によって、健康で文化的な最低限の生活が保障される社会に変化するのである。

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