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2009/09/10

若年層の第2就職氷河期を造らないために

 今回の民主党、社民党、国民新党の連立政権合意の政策項目の中でも、

6 雇用対策の強化-労働者派遣法の抜本改正-

 ▽「日雇い派遣」「スポット派遣」の禁止のみならず、「登録型派遣」は原則禁止して安定した雇用とする。
  製造業派遣も原則的に禁止する。違法派遣の場合の「直接雇用みなし制度」の創設、マージン率の
  情報公開など、「派遣業法」から「派遣労働者保護法」にあらためる

 ▽職業訓練期間中に手当を支給する「求職者支援制度」を創設する

 ▽雇用保険のすべての労働者への適用、最低賃金の引き上げを進める

 ▽男・女、正規・非正規間の均等待遇の実現を図る

という形で、個別雇用法制や労働市場制度への関心が唱われている。

 しかし、これらの「改善」で来年以降の若年層が直面するかもしれない「就職氷河期」を未然防止することができるだろうか。派遣労働問題の解消の本質は、派遣労働という就労形態に「追い込まれる」労働者及びその予備軍の存在をいかに「適正化」するかということだと思う。
 そして、この問題は、近時の問題としては、若年者の「正規」雇用の激減という形で現れている。
 いつの時代にも、中高年者の不安定雇用者層は存在しており、それ自体は現在特に顕在化した問題ではない。若年者問題は、現在の若年者は必ず中高年層になり、十数年後に、より深刻な中高年不安定雇用問題に帰結するものであり、早期の解決が求められている。

 この若年者雇用を引き起こす重要な要因の一つに、一括採用という雇用慣行の構造上の問題があるというのは、既にそれなりに、普及した見解であろうと思う。
この新卒一括採用が、「構造的な雇用慣行上のミスマッチ」を生み出すというのは、既往の経済成長(企業成長が前提となる)社会と労働法制による協同構築物であるこの雇用慣行が、新しい経済社会構造と不整合になっている表象・証左なのである。
 これを「解消」しようと思えば、社会と整合的な労働法制を再構築する必要があるということだ。

 例えば、新卒一括採用は、少なくとも大手企業や中堅企業間と労働者との間のナッシュ均衡となっていると解釈できる。つまり、通年採用をすれば、より良い労働者を雇用できると思えば、企業側はコストをかけてでも通年採用をするが、一括採用時期を外すと、いい労働者が市場に残っていないと「予想」すれば、必死になって一括採用時に良い労働力(と思われる)者を囲い込もうとする。
 一方、労働者側も、通年採用でじっくり探せばフィットする企業をサーチできると思えば、じっくり探すが、一括採用時期に漏れれば良い仕事が無くなると思えば、必死にとにかく飛びつこうとする。
 まさに、典型的なナッシュ均衡であり、この均衡を破るためには、双方の「不信」を「通年採用でもよい成果が得られる」という「期待」に変えなければならない。

 この問題を解消し、派遣のような不安定労働を解消するために、派遣法制を改革したり、就労支援を行うことは無意味とはならないが、迂遠であることは否定できない。それよりも、社会環境と不整合となっている労働法制を変化させ、企業群と労働者群が全体として行動を変化させるように制度を整えなければならない。
 ナッシュ均衡状態では、双方のプレイヤーの「抜け駆け」への不信から、パレート改善が図られないのであるから、「抜け駆け」を防止する法的制度転換でなければ効果が出ない。

 では、具体的にどのよう変えるのか。
 基本的には、企業側が抱え込んだ人材を「はき出す」ことが許される仕組みとして、一方で、労働側も自己の希望に添う就職口を探索することに不利益がない仕組みとすることだろうと思う。この点、「雇用の流動化」論のように、一足飛びに、雇用全般に適合されるルールとするのではなくて、就労間もない時期における「再交渉」「再探索」のハードルをもっと下げるということが適当だろう。そこで、

・目下の労働法制下で、扱いが不徹底な「試用期間」を制度化する(例えば1年間)。この場合、解雇権濫用法理及び労働契約法による解雇制限を、試用期間については緩和させる必要あり(相当の金銭補填つき)

・就業規則の企業側の自由の制限。特に、職務専念義務の名の下に副業制限や就職活動制限を広汎に判例も認めているが、少なくとも試用期間については、この副業制限や就職活動制限を就業規則に定めることを強行法規として禁止する

・試用期間における最低賃金法の適用排除(その代わり、所得税法上の所得控除を認める)

・企業側による試用期間の濫用防止措置として、同一人との複数回の「試用」の禁止は当然として、「試用」を行うことに課税上の負担をかける(例えば、法人事業税の報酬割の外形標準課税の算定において、「試用」者の報酬を割り増し計算するなど)

  もちろんこれら以外にも、雇用調整助成金などを用いて、通年採用企業等に助成を与えるという仕組みはありえる。また、障害者雇用促進法における法定雇用率のように、通年採用による労働者採用を直接的に義務づけるという方策もあるかもしれない。ただ、このよな直接的な誘導・義務づけ方策は、法適用の潜脱を生み出すだけのようにも思える。
 何よりも、一括採用で囲い込まなくても良い労働者を採用できる、一括採用でねじ込まなくても良い職にたどり着けるという労使双方の「確信」を醸成することが肝なので、法制度を「適正化」して「抜け駆けなし」とすることが重要なのだから、そのようなメカニズムデザインを志向するべきであろう。
 こういう視野の中で、「派遣法制」についても、付け足し的に措置されている採用義務づけ規定ではなく、派遣によるマッチング機能と試用の関係を、もっと本格的に制度上位置づけるべき。
 派遣制度は、労務コストの引き下げを企業側の労務管理スキルの向上ではなく、コストの外部化(見えない化、組織外への押しつけ)と人材処遇の改悪で対処するための制度的構築物となっている。経済同友会などが偉そうに「今後の人材像」などとうそぶいていても、こういう制度の存続させようとする財界の姿勢は、所詮は、その無能を表しているに過ぎない(ホワイトカラー・エグゼンプション=残業ゼロ制度も、労働時間管理能力が使用者側にないことの証左である)。
 要すれば、人材の人間的な処遇と、コストの合理化を達成する労務管理能力が日本には育っていないということ。

 確かに、通年採用というのは、企業における人材リソースの調達のコスト・手間を一見引き上げることになるように見えるかもしれない。しかし、そのコストを、働く者への処遇悪化という形で吸収するという社会は、本当に自律的な市民による近代社会といえるだろうか。
 「通年採用」とは、要すれば 企業という部分社会に関し、「入りやすくて出やすい」形態に変えるということである。日本の社会を構成している「堅い」部分社会という仕組みを、柔らかい部分社会の緩やかな結合組織とし、自律的個人が常に複数の「柔らかい」部分社会に複層的に帰属するという社会になればよいと思う。

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