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2009/10/08

「門番責任」という理屈

痴漢は逮捕する必要なし

 だから痴漢の責任は、その状況を作り出している鉄道会社にとってもらうしかないと思うんです。
 こんな仕組みはどうでしょうか?
 痴漢にあった女性は、鉄道会社に申しでる。鉄道会社は「痴漢がなかった」ことを証明できない限り、被害者に対して補償する義務を負います。被害の程度に応じて、数十~数百万円払うというのでどうでしょうか。金で解決するのか、と言われそうですが、金でももらわなきゃ被害者もやってられないでしょう。無理に犯人探しをすれば、今回の女子高生みたいに、逆に加害者になってしまいます。
 痴漢被害者への補償金の額が馬鹿にならなくなり、鉄道会社も痴漢をできない車内環境を本気で実現しようと努力し始める。
 こうでもしなきゃ、鉄道会社が本気で対策をとってくれるとは思えないんですよね。

 ここで展開されているのは、鉄道会社に「痴漢被害のコスト負担をさせて、痴漢防止の実のある実効を行わしめよ」という提案。
 この手の問題は、実は現代市民社会に共通する問題である。
 つまり、現代市民が活動・生活する場・空間を設営して、利益を上げている者は、その空間・場でその空間の利用者に損害を与える他の利用者の行動をどこまでコントロール責任を負うべきか、負わせるべきかという問題。

 一般化すれば「ゲートキーパーの責任(門番責任)」とでも言えるだろうか。
 これは、相当普遍的に発生している問題でありながら、近代私法体系、さらには、近代立憲主義(人権思想)が抱える問題を提起している。
 というのも、ここで提案されている「痴漢事案が生じる現場である鉄道内について、痴漢が生じないような対策を講じる責任を鉄道会社に負わせ、その不備により、被害者、鉄道会社以外の第3者である利用者の痴漢行為による損害が発生する場合には、その損害を賠償する責任を負わせる」という仕組みについては、近代私法の

・過失責任主義(自己責任原則と過失責任原則)

に抵触するからだ。

 例えば、ネットオークションやネット通販市場において、そこでの出品店や出品者の詐欺行為などにより、そのシステムの利用者が損害を受けた場合に、その場の設営者はどのような責任を負うかという形や、ネットの掲示板やブログなど不特定多数がアクセス可能なネット上での誹謗中傷、著作権侵害などについて、コンテンツ自体を提供している訳ではない、システム・プロバイダーがどこまで責任を負うのかという問題と、実は構造は全く同じ。
 このネット上での問題については最終解決がなされている訳ではないが、事態は改善の方向に向かっている。
 問題が顕在化した紛争当初は、システム・プロバイダー諸子も、この「過失責任主義」を盾に、自分(社)の行為ではない、自分(社)に過失はないとして責任を否定していた。勿論、現在も全面的に責任を認めてはいないだろうが、実際には、個々の利用者との規約において、コンテンツの削除甘受を義務づけたり、損害保険による代金返還などを措置することで、被害の拡大の予防・損害の補填の面で一定の責任を負担するようになっている。
 このような、一定の作為を行うことが、法的にも商業倫理的にも正当化されることの背景になる論理が、使用者責任を根拠づける「報償責任論」(伝統的民法解釈学の論理)、さらに「最安価損害回避者理論」(ロー&エコノミクスから導入される比較的新しい民法解釈思想)。

○報償責任

 使用者の責任は他人(被用者)の不法行為責任について代位責任であるとの位置づけが提唱され、その根拠として報償責任(利益の存するところ損失も帰する)・危険責任(危険を支配する者が責任も負う)が主張された。報償責任や危険責任はもともと無過失責任を基礎づける根拠であるから、それが使用者責任の根拠となると、過失がなかったという免責は容易に認めるべきではないことになる。このような制度理解は、その後の企業活動の拡大とともに生じた社会的要請にも合致したため、代位責任説が支配的となった。
 内田「民法Ⅱ(第2版)」p455

○最安価損害回避者
 

仮に交渉費用が高くて交渉できないとしよう(それが現実により近い仮定である)。そのような場合は、損害を最もやすく回避できる者(最安価損害回避者という)に賠償責任を課すように不法行為法を定めるべきだ、とカラブレイジはいう。
 しかし、もし誰が最安価損害回避者か分からない場合には、最も安く最安価損害回避者を捜し出してこれと交渉できる者(最安価交渉者という)に賠償責任を課せという。
 このような理論を駆使して、カラブレイジは、交通事故に関する無過失責任賠償制度を正当化する議論を展開した。
 内田「民法Ⅱ(第2版)」p308


 場や空間を設営し、その利用に料金を課金している事業者は、ゲートキーパーとして報償責任を一定の範囲で負うであろう事は、感情論的に受入れ可能であり、相当程度一般化が可能であろう。
 また、利用者の出入りに課金している以上、利用者の選別に関しては、当該場の利用者よりも安価に実施できるし、少なくとも単なる利用者よりも「最安価交渉者」であろうという点についても、同意が得られるかと思う。
 もちろん、被害発生の防止方策が、利用者の選別及び交渉による行為抑制(利用の禁止を含む。)だけだとすると、場の設営者だけに責任を負わせてもという感じがしないでもない。ここで、参照すべき概念として出てくるのが、ハーバード大学の憲法学者レッシグがCODE以下の著作で展開したアーキテクチャという概念だ。

アーキテクチャ(Wikipedia)

 人間の行為を制約したりある方向へ誘導したりするようなウェブサイトやウェブコミュニティの構造、あるいは実際の社会の構造もアーキテクチャと呼ぶ。ローレンス・レッシグは、著書『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』において、人間の行動を制約するものとして、法律、規範、市場、アーキテクチャの4つを挙げた。

 取締りと刑罰によって行動を制約する(法律)、道徳を社会の全員に教え込んで行動を制約する(規範)、課税や補助金などで価格を上下させて行動を誘導する(市場)といった手法のほかに人間の行動を制約する手法として、社会の設計を変えることで社会環境の物理的・生物的・社会的条件を操作し人間の行動を誘導するという、「アーキテクチャによる制約」が考えられる。社会の仕組みを変え、ある選択肢を選びやすくする・ある行動を採ることが不快になるようにするといった環境に変えることにより、社会の成員が自発的に一定の行動を選ぶように誘導し、取り締まりを行ったり子供たちに規範を教育するよりも安いコストで社会を管理することができる。

 掻い摘んで言えば、場・空間の利用者の行動は、その場・空間の設計・実装の仕方によりコントロールが可能であり、それが実質的な権力あるいは法規範の役割を果たしているという理論である。特に、技術的、経済条件的、規制的に他の代替できる場や手段が存在しない場合、その「唯一の」空間・場の有り様=アーキテクチャは決定的な制約として機能することになる。
 この「アーキテクチャ」という概念は、元々はコンピュータ・システムの作り方の話であり、具体的には、例えば掲示板の書き込みにNGワード設定がされており、NGワードを含む書き込みを弾くというようなものがイメージされる。
 もちろん、元々が設計や建築学の用語であったのであり、リアルの世界にも適用できる概念だ。今回の満員電車における痴漢問題ということであれば、現在すでの行われている、混雑時間の女性専用車という利用ルールも一種の原始的なアーキテクチャだ。ただし、乗車サービスという無形のものの「設計」ということであるが。現在、改札のICチップ化が急激に浸透しているので、様々な「選別」が可能だろう(まさにゲートキーパー)し、嫌な話ではあるが、監視カメラの常設化みたいことも、アーキテクチャとして実装可能だろう。
 
 「報償責任」「最安価損害回避者理論」「アーキテクチャ」といった概念道具を使うと、鉄道会社が満員電車の中の痴漢被害について賠償責任を負うという仕組み、責任関係の有り様はそれほど荒唐無稽なものではない。勿論、政治的に実現することは大変だろうし、また虚偽請求、つまり痴漢されていないのに賠償請求がなされる可能性を最小化する要件事実の構成や痴漢認定実務の構想が求められはするが。

 こういう「報償責任」「最安価存在回避者理論」などが政治的軋轢を乗り越えて社会に実装された制度の一つが、先のネットオークションの場合の損害補償制度なんかじゃないかと思われ、嫌なことだけど、全般的な監視社会化の進展とともに、ゲートキーパー責任論は強化はされても、弱まることはないんじゃないかと思う。

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