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2009年9月13日 - 2009年9月19日

2009/09/19

予算編成方式だけ変更してみても

複数年度予算を検討=無駄な支出排除を目的に-政府 (2009年9月18日 時事通信)

 政府は18日、毎年度編成している予算の在り方について、複数年度予算の導入の検討に入った。政府関係者が同日明らかにした。予算が余った場合、その年度で使い切るために無駄な支出をする弊害をなくすのが目的。同日設置した国家戦略室で議論を本格化させる。


 この手の「予算編成方式」の変更や、単年度予算の「拘束力」の緩和を通じて、歳出の目的合理性、効率性を確保しようというのは、些か的はずれな気がします。
 
 本質は、決算、つまり実際に何に支出されたのかをチェックし、そこに支出の政策効果に結びつかない支出があれば、それを削減するという手続きを、まじめに履践することです。これがなされなければ、基金を作ろうが、中期計画を作ろうが、何の効果もないし、逆に直近の政治的意志=民意の支出計画への反映という単年度予算主義の民主的統制の意義が没却されるだけです。

 どうも、予算制度の議論については、「節約すると得をする」というインセンティブ論に基づく制度設計、つまり「飴による誘導」が重要視されているようですが、不正支出、非効率支出=目的効果の低い支出に対する「鞭」に基づく制度設計をするべきではなでしょうか。
 地方自治体には、公金返還訴訟制度がありますが、国は存在しません。また、個人責任を徹底する面でも問題があります。千葉県の例でも、法的整備が整っていないので、不当支出・不当経理について、詐欺や横領が立証できないと法的に強制力をもって返金させることができません。
 結局、公金支出の決済を行う公務員は、甘やかされています。決算で不当支出とされた支出については、公務員個人の弁済責任を法定すべきだし、不当支出を決済した公務員については、分限処分を義務化すべきです。

 出口の厳格性を確保しないで、安易に複数年度の支出計画を、予算という形で国会議決の対象としてしまうと、八ツ場ダムのような「化け物計画」が乱造されることになると思います。

2009/09/18

行政組織を課題(ミッション)志向にするための行政組織法制の見直し

1.組織帰属と「課題帰属」の分離
①組織(「箱」)が先か、任務(ミッション)が先か
 国会行政組織法では、「行政機関の設置、廃止、任務及び所掌事務」という共通見出の下に、第3条と第4条において行政組織の法定原則を規定している。第3条では、組織編成のハードウェアについて規定し、第4条では組織のソフトウェア、つまり行政組織の任務及び所掌事務の法定について規定している。
 この規定順が、行政組織の抱える本質的な問題を契機となる思考法を象徴的に表している。つまり、「まず固定的な組織があって、その組織に任務が割り振られる」という思考法である。

 現代的な経営組織論では、コンティンジェンシー理論及びチャンドラーの「組織は戦略に従う」テーゼにあるように、「理想的」な静態的組織の在り方、つまり、理想的な省の機能分担、究極の姿などは存在しないとするのが定説となっている。
 前提与件(例えば、以前から議論している、人口構造、産業構造の変化などが典型)の変化や、時に政治的意思(要すれば、時の首相、政権党が何を政治的課題のトップと考えるかという優先順位)に変化によって、チャンドラーのいう「戦略」、行政組織法の文脈では、「任務と所掌事務」及びその優先順位が変動する。この変動に応じて、組織の在り方も動態的に変化すべきということである。その動態の在り方も、ある時点における条件に合致した最適解が発見されるというよりも、日々に変動に対して、「トライ&エラー」で常に手直しをするという方策が、合理的なのだ。
 ということは、まず「任務」→必要な所掌事務→そのための組織=人員という思考回路が健全ということになる。

②民主的統制
 勿論、行政機関に充当できる人員資源は、税金によって賄われるものである以上、任務の必要性に応じ、無尽蔵に存在する訳でもないし、行政府の恣意によって組織が編成されるというのも、合理的、効率的組織配分と運営を図るという観点から問題であることは言うまでもない。
 そこで、行政組織法制においては、行政組織の存廃をどのように民主的統制に服させるか、つまり、国会による組織(存廃)統制を、どの程度、そしてどの様に図るかということが、重要な論点として提起される。
この点につき、現在の通説的見解とされる「民主的統治構造説」では、「憲法第41条の定める国会中心主義を根拠に、行政組織の編成権は国会にあり、組織規範についても原則として法律主義が妥当する」「なお、民主的統治構造説によって、行政組織の編成をすべて法律事項とするのではなく、細部について行政の自己決定に委ねることは認められている」(桜井・橋本『行政法(第2版)』p41)とされている。
 この見解を反映して、現在は、各省設置法及び内閣府設置法により行政各部が設置さて、その事務分担が法定されており、その業務を行政各部の長たる「主任の大臣(内閣法第3条)」の権限が法律によって法定されるという形で、組織統制が図られている。

③問題点
 問題は、現行の各設置法の在り方が、「箱」としてのハードウェアを法律によって規定するという構成となっているが故に、組織編成が硬直化し、ミッション・クリアのための組織という組織編成本来の有り様が、どうしても没却化され、「箱」が既得「権域」化するということである。
この非効率を生み出す源泉である行政組織法制の根本を見直し、ミッション志向の組織、つまり、組織に課題が帰属するのではなく、課題に組織が帰属するという、ミッション志向の組織法制を構築する必要がある。


2.行政大臣の職務範囲の柔軟性確保
 これらの問題点を解消する方策として検討されえるのが、行政機関内部の個々の部署の配置を柔軟化し、庁、局といった行政事務分掌の基礎ユニットを行政事務担当の行政大臣に配置するという仕組みである。

 特に、政権交代が状態化した場合、当該政権政党が目標とする価値が、選挙毎に変化するのであるから、民主的統制という観点、つまり民意の反映という観点から、政権の課題設定の優先順位が行政運営に適切かつ迅速に反映されるべきものであり、とすれば、行政組織の運営も課題単位=プロジェクトベースのものとなるべきであろう。そうならないと、行政の組織運営が、選挙前の組織立法によって、過度に統制されつづけ、政権交代による政策変更に要するコストを不必要に増大させることになろう。

 その一方で、行政事務の分担管理の準拠枠が消滅してしまうと、組閣の度に大臣間で業務の分捕りと押し付け合いが生じることになる、その結果、組織やポストの膨張と余剰ポストを招くことになることは必定であろう。とすると、行政資源の管理枠、つまり人的資源の調達上限枠として、総定員法の大枠縛りの下、一般公務員の所属枠(人員管理システム)としての省制は維持されざるを得ないであろう。

そこで、国会行政組織法を改正して、行政大臣たる「主任の大臣」に対し、他の「主任の大臣」の所管する行政事務の一部を必要に応じて再配分し、その事務遂行のために必要な「庁」や「局」に対する命令権限を与えるという方策があり得る。例えば、地球温暖化問題が本質的に重要な政策課題であるというのであれば、環境大臣の下に、エネルギー行政を事務配分し、経済産業省の資源エネルギー庁という組織を配置するというもの。

 要すれば、省という単位は、基本的に公務員の人事管理上の組織単位ということになり、職務遂行上の機能単位としては、大臣という政治的人格を結節点として、緩やかに繋がったり離れたちするようになる。
 ただし、現在98の官房・局があり、これに外局たる庁をあわせると100を超えるミッションクリアのための組織単位が存在することにある。この100を超える組織単位を、組閣の度に、最大17人の閣僚に配置するとなると無限の組み合わせが存在することになって、収集がつかないことになる。そこで、一種のデフォルトの事務配分として設置法上の「省」組織を構成した上で、内閣総理大臣の意思(できれば閣議決定を不要とする、総理の個別意思)で、特定の庁や局といった組織をミッション毎に、大臣に「例外的」かつ「迅速に」配置できるようにするという方策が適当と思われる。

 もちろん、ドイツの憲法学者・公法学者であるカール・シュミットのように、静態的官僚制(身分制秩序に裏付けられた官僚組織の安定)を、人権保障、国家の安定という立憲主義的発想から、浮動的な民主主義との対比で重視する議論もあるが、目下の日本では、もっと「柔らかい」官僚制が、日本という国家にとっても、そして、官僚制内の個々人にとっても重要であろう。
 いずれにせよ、内閣、閣議、大臣という憲法上政治部門と位置づけられる機関及び実質的に憲法体制(少なくとも、立法と行政の部門における)の最も重要な機関である与党と、省組織の在り方、特に組織編成原理の柔軟性確保と決定権限(法令上ではなく、実質的な)配分を、改めて検討する必要がある。


<補論> ○上記2に掲げる「ミッション志向の組織法制」のための条文改正
   註:下線部が追加される部分

○内閣法
第3条の2第1項
 内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関して、特に必要がある場合において、主任の大臣以外の大臣に対し、特定の行政事務の分担管理することを命じることができる。

 第2項
前項の規定により分担管理することとなる行政事務の遂行に必要となる権限は、同項の内閣総理大臣の命により当該事務を遂行することとなる大臣に、当該事務の主任の大臣から委任されたものとみなす。

○国家行政組織法
第5条第1項
 各省の長は、それぞれ各省大臣とし、内閣法にいう主任の大臣として、それぞれ行政事務を分担管理する。ただし、同法第3条の2の規定により内閣総理大臣によって他の国務大臣が分担管理すべき事務(以下「内閣特命事項事務」という。)とされた行政事務があるときは、この限りでない。 

第10条の2第1項
 前条の規定にかかわらず、内閣法第3条の2第1項の規定により、内閣特命事項事務を分担管理すべきこととされた大臣(以下「特命大臣」という。)は、内閣特命事項事務を管轄する庁(第2条第2項の「庁」をいう。」)又は局(第3条第1項の「局」をいう。)の事務を統括し、その職員の服務(その任命を除く。)について、これを統督する。
第10条の2第2項
 前項の場合において、各省大臣は、その機関の事務であって、内閣特命事項事務を統括せず、内閣特命事項事務を管轄する庁及び局の職員の服務(その任免を除く。)について、これを統監しないものとする。

第11条第2項
 特命大臣は、分担管理を命じられた内閣特命事項事務について、法律若しくは政令の制定、改正又は廃止を必要と認めるときは、案をそなえて、内閣総理大臣に提出して、閣議を求めなければならない。

第12条第2項
 特命大臣は、その分担管理を命じられた内閣特命事項事務について、法律若しくは政令を施行するため、又は法律若しくは政令の特別の委任に基づいて、当該内閣特命事項事務を主任の行政事務とする各省大臣に対し、案をそなえて所要の省令を発することを求めることができる。
第12条第3項 
 各省大臣は、前項の規定による特命大臣からの請求があったときは、所要の省令を発しなければならない。

第14条第2項
 特命大臣は、その分担管理を命じられた内閣特命事項事務について、公示を必要とする場合においては、当該内閣特命事項事務を主任の行政事務とする各省大臣に対し、案をそなえて所要の告示を発することを求めることができる。

第14条第3項
 各省大臣は、前項の規定による特命大臣からの請求があったときは、所要の告示を発しなければならない。

第14条の2第1項(現行の第14条第2項を移行)
第14条の2第2項
 特命大臣は、内閣特命事項事務を管轄する庁及び局並びにその職員に対し、訓令又は通達を発することができる。
第14条の2第3項

 各省大臣は、内閣特命事項事務については、訓令及び通達を発しないものとする。

○国家公務員法
第55条の2
 各大臣は、内閣法第3条の2第1項の規定により特定の行政事務を分担管理すべきことを命じられた他の大臣が国家行政組織法第10条の2第1項の規定によりその服務を統監督することとなる職員について、任命権を行使するときは、当該他の大臣の意見を尊重して、これを行使するものとする。

八ツ場ダムについて

八ツ場ダムの工事が中止になる見込みだが、この中止について、地元の住民や地方自治体から反対や補償を求める声が上がっているそうだ。しかし、かなり奇妙な感じだ。
 
 まず、問題を「転居を求められた住民個人」と地元の地方自治体とに分けて、法的主張として成立するのかどうか、少し考えてみた。

 まず、住民個人について、どのような法的主張が可能なのであろうか。この点について、行政法学の中で、信義則が「行政法上の法律関係においても、しばしば法源として機能している(桜井・橋本『行政法(第2版)』32ページ)」とされており、また、さらに進んで、これを信頼保護原則と定式化する見解も有力であるという(同上)点が、議論の出発点となろう。
 これに関連する最高裁判例では、自治体の工場誘致政策が首長選挙の結果、正反対に変更となったという事案において、

「社会通念上看過することのできない程度の積極的侵害を被る場合、代償的措置を講じることなく施策を変更することは、やむを得ない客観的事情によるのでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体の不法行為責任を生じせしめる」

と判断している。


 この最高裁の判断枠組みを踏襲するとすると、地元の住民に「社会通念上看過することのできない程度の積極的侵害」が生じているかどうかがメルクマールとなろう。この最高裁判例にいう「積極的侵害」とは、自治体の工場誘致政策に応じて工場を操業するべく支出した機械設備代のことである。ここから推察すれば、完成された八ツ場ダムにおいて釣り船を営業することを特に国などから推奨されて、釣り船に投資した資金などが該当することになろう。しかし、そのような国からの特別な働きかけに基づく、特別な支出などという物が想定できるだろうか。
 また、生活基盤が破壊された補償云々ということもまたぞろ出てくるのであろうが、それは、そもそも転居の際の補償によって補償されるべきものであり、既に解決済みに問題であろって、ダム建設計画が中止されたことと因果関係のある新規の負担とは言えまい。 勿論、ダム完成時には、ダム管理事務所での雇用を保証し、その代わりに特に転居時の補償が他の住民と比して少ない額としてというような特殊事情があれば、また別の議論であろが、この問題とても、ダム完成を停止条件とする契約についての民法130条の問題ではないのだろうか(また、ダム計画中止や続行が、国という法人の意思に過ぎないとすると、そもそも民法134条により、この法律行為自体が無効ということも考えれる)。
 いずれにせよ、最高裁が、このような選挙による政策変更に関する事案について、「選挙によって政策変更がなされることは地方自治制度の根幹であり、政策変更それ自体が違法であるとは考え難いが、判例は、信義衡平の原則に基づき信頼関係の不当な破壊を根拠に、地方公共団体の不法行為責任を導いている(同上)」以上、不法行為法の枠内で、今回の問題は処理されることなる。とすると、(新規の)補償(賠償?)を求める住民は、ダム建設中止と因果関係にある損害を証明する必要があるが、そんな損害があるのだろうか?


 一方、地方自治体が拠出した負担金については、状況が違う。
 都道府県などが拠出した金銭については、その支出の法的根拠や位置づけが様々ではあるが、特定多目的ダム法に基づく負担金には、建設計画廃止の際の返還規定について規定があるし、河川法に基づく受益者負担金についても「ダム建設完成」による受益分が特定できるのであれば返還というのが筋であろう。
 ただ、こちらの検討がむなしいのは、仮に返還があっても所詮は役所間の資金のやりとりであって、「無駄に」支出された公金が国民に返済される訳ではない点。国が筆頭であることは間違いないが、資金を拠出した地方自治体も、政策変更に追い込まれるような無謀な計画に参画したいわば共犯みたいなものであり、そこに資金が戻っても釈然としない。どうせ、また無意味な地方公共団体の財源になるだけなのだから。


 長期的に停滞していた計画について、もっと早期の見直しを行うことができなかったのだろうか。数千億円というストックとしては無駄となる巨額損失ではあるが、所詮は一事業計画でしかないものについて、一々政権交代がなされなければ物事が止められないというのは、どうかと思う。
 もちろん、だからこそ政権交代に意味があるし、こういった促進派と中止派が対立する問題について、すぐに司法で解決するための行政手続、行政救済手続を法整備というのも、「司法による解決」と「選挙による選択」の役割分担を無視した議論だとは思う。
 また、こういう計画を闇雲に惰性で継続した公務員についても何らのペナルティが課されないというのはどういうことなのだろう。以前のエントリで、行政処分に関与した公務員の責任を追及する制度整備について論じたが、今回のような長期にわたる行政計画について、その見直しを一定に期間内に行わなかった当該計画の実施に関与する公務員(当然、地方公務員を含む。)については、人事政策上のペナルティーが課されてしかるべきだし、法整備を行って退職後の個人についても責任追及できるようにすべきだ(もちろん、所詮金銭「賠償」が基本で、かつ全額の賠償なんて不可能で一種の課徴金的なものだろう。ただ、併せて爾後の公民権停止、公職就任資格の剥奪は必要では)。
 とにかく、個人責任を追及できないと緊張感のない役所仕事の払拭に、一々何(十)年かに一度の政権交代が必要となるという、ばかばかしい事態になるのだから。


追記:
 「中止になるともっと費用がかかる」という議論があるそうだ。しかし、法的主張として、住民個人の新規の「補償」というのは、相当限定的であろうと思う。また、地方公共団体への負担金の返還は、国と地方公共団体の間の資金のやりとりであり、国民の負担としてネット増がある訳ではない。
 工事途中ののり面などの安全確保工事にしても、ダム工事を続けるよりも費用を要するなどとということがあり得るのだろうか?
 とすると、個人補償に関して、悪くいえば「口封じ」「手切れ金」という政治的配慮が働いてとんでもない賠償を行う(これこそ立法がいると思うが・・・)でもない限り、工事継続「より」も工事中止によって、より多くの費用が発生するというのは、プロパガンダ以外のなにものでもないのでは。

2009/09/15

行政組織の編成にも大臣を中心とした柔軟性が必要なのでは?

 2009年9月15日現在の新政権の組閣に向けた動きの中で、いわゆる各省の長たる大臣以外に、雇用担当相、年金担当相などの特命事項(新政権の目玉事項)を担当する国務大臣の任命の可否が唱えられている。
 しかし、これらの大臣ポストを現行の内閣府設置法第9条の「特命担当大臣」として任命しても、殆どその実効はあり得ないであろう。これは、決して、年金担当相や雇用担当相の担う事務が厚生労働省設置法上厚生労働大臣(厚生労働省)の事務として規定されているので、特命担当大臣の事務にできないという点を指摘しているのではない。下記の条文にあるとおり、特定担当大臣の職務は、内閣府設置法第4条に掲げる事務の中に任意の一部であり、要すれば、当該条項の解釈の問題である。当該条文の第2項には、「内閣の重要政策に関して閣議において決定された基本的な方針に基づいて、当該重要政策に関し行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画及び立案並びに総合調整に関する事務」が掲げられており、年金問題や雇用問題を十分読み込める職務範囲となっている。

(特命担当大臣)

第九条 内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関して行政各部の施策の統一を図るために特に必要がある場合 においては、内閣府に、内閣総理大臣を助け、命を受けて第四条第一項及び第二項に規定する事務並びにこれに関連する同条第三項に規定する事務(これらの事務のうち大臣委員会等の所掌に属するものを除く。)を掌理する職(以下「特命担当大臣」という。)を置くことができる。

2  特命担当大臣は、国務大臣をもって充てる。


 問題は、そこにはない。問題の本質は、特命担当大臣の場合、それは内閣府に置かれる大臣であり、内閣府以外の行政組織に対し、直接の指揮命令権が存在しないということである。要すれば、内閣府の職員に対してしか、命令できないということだ。
 これでは、年金政策や雇用政策について実行力を発揮しろと言われたところでどうしようもないことは、一見明らかであろう。例えば、少子化担当相なる特命担当大臣がいたが結局何もできはしなかった。それは、内閣府という組織では実際の行政サービスを供給することができないからである。これ以外にも、内閣府には男女共同参画だの、自殺対策だのと冠のついた部署があるが、具体の行政サービスの提供・展開は、他の省が執り行うものであり、実際には、各省の行う事務を一覧表にすることだけが仕事のようなのだ。
よって、年金担当相なり、雇用担当相を実効あるものとして設置する(勿論、厚生労働大臣の下の副大臣として特定の実務を取り仕切らせる方が合理的という点は置いておいて・・・)のであれば、この大臣に年金行政や雇用行政を担っている部署に対する直接的指揮命令権を与えることが必要となる。
 そのために、厚生労働省の年金局や社会保険庁、職業安定局を内閣府その他の組織に移管するなどと言い出せばまた大変だ。それぞれの設置法を改正する必要が出てくることになり時間の無題である。さらに、そのような改正が出来たとしても、その改正事項に限られるものであり、当該特命事項が政権にとっての最優先事項でなくなると、結局また行政リソースの無駄を生むことになる。
 そこで、臨時的に特定の行政組織について指揮命令できるパス・経路をこの際作ってしまうとうのが賢いと思われる。
 具体的には、次のような規定を内閣府設置法の特命担当大臣の次に一条を追記するのである。

(特命担当大臣による特定の行政事務の分担)

第9条の2 内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関して(行政各部の施策の統一を図るために-不要かもしれない)特に必要がある場合において、内閣府設置法第4条の規定にかかわらず、特命担当大臣に対し、特定の行政事務の分担管理を掌理することを命じることができる。

2 前項の場合において、国家行政組織法第10条の規定にかかわらず、特命担当大臣は、内閣総理大臣が定める特定の行政事務を管轄する庁(国家行政組織法第2条第2項の「庁」をいう。」)又は局(同法第3条第1項の「局」をいう。)の事務を統括し、職員の服務について、これを統督する。

3 前2項の「特定の行政事務」及び「特定の行政事務を管轄する庁又は局」を定める時は、閣議の議を経、それを告示しなければならない。

4 特命担当大臣は、第2項の規定により統括することとなる庁又は局の属する省の主任の大臣と密接協力して、第1項の規定により分担管理することとなる行政事務を遂行するものとする。


  こうすれば、行政組織の新設や移管という、コストと時間ばかりを要する作業を省略し、時々の政権にとって重点となる政策について、機動的な組織的バックアップを確保することが可能となるものと思われる。
 このような措置を講じれば、例えば、雇用や年金問題が一段落した後に、地球温暖化対策担当相を設置し、その大臣の下に環境省の地球環境局と経済産業省の資源エネルギー庁を傘下に置くというようなことも可能となる。
 
 なお、上記の追加条文の3項については、もう少し検討が必要である。
 というのも、行政組織法制における重要な論点として、行政組織の職分をどこまで法律で決めるか、つまり、国会による組織統制をどうのように図るかという問題がある。
 現在は、各省設置法及び内閣府設置法により行政各部の担う事務分担が法定されており、その業務を行政各部の長たる「主任の大臣(内閣法第3条)」の権限が法律によって法定されるという形で、組織統制が図られている。
 このように、行政組織の編成について、どこまで法律で定めるのかというのは、憲法や行政法上の論点なのである。通説的見解とされる「民主的統治構造説」では、「憲法第41条の定める国会中心主義を根拠に、行政組織の編成権は国会にあり、組織規範についても原則として法律主義が妥当する」「なお、民主的統治構造説によって、行政組織の編成をすべて法律事項とするのではなく、細部について行政の自己決定に委ねることは認められている。」(桜井・橋本『行政法(第2版)』p41)
よって、上記のような条文を新設し、特命担当大臣に臨時的な行政事務分担を執り行うことは、例外事項として許容されると思われる。が一方で、第3項のような閣議・告示だけではなくて、国会による組織統制として、もう一段国会の関与を認める方策が求められるかもしれない。
 例えば、国家行政組織法上法律で明記されていない政令事項の行政組織の状況について国会報告が義務づけられているところ、特命担当大臣の下に特定の行政組織が配置されることについて、事前や事後の報告を義務づけるということも必要になるかもしれない。しかし、機動性重視という観点からは、事前承認のような形にはしない方が良いと思われる。こういった組織編成も含めての議院内閣制なのだから。


追記:

 上記のような改正により、特命担当大臣が、特定の特命事項(行政事務)を遂行し、そのための行政各部を指揮監督するということの組織法的な基盤、つまり行政機関の内部関係を規律する規範は、整備されるだろう。
 しかし、作用法的な基盤、つまり行政機関外部との関係を複雑にしてしまうという問題が生じる。
 というのも、行政機関外部との関係というのは、結局、外部に対する誰のどういう行政行為であれば、その行為の効果=責任が国家に帰属すると外部から主張できるかという点が問題なのであるが、上記のような改正だけだと、特定の行政事務を分担する大臣、行政作用法上の「行政機関」が複数生じることになるからである。
 この問題の解消のためには、特命担当大臣に、特定の行政事務の遂行が命じられた場合には、当該行政事務は、当該行政事務を割り振られた省の「主任の大臣」から、委任されたものとすることが適当であろう。

 つまり、上記の新設条文の4項は、

4 第1項の規定により分担管理することとなる行政事務を遂行に必要となる権限は、同項の内閣総理大臣の命により当該事務を遂行することとなる特命担当大臣に、第2項の規定により統括することとなる庁又は局の属する省の主任の大臣から委任されたものとみなす。

という規定に変更される必要がある。

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