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2009年11月1日 - 2009年11月7日

2009/11/07

新しい政策シンクタンクには、政策実現手段の「実装」が必要

ここからのつづき。


 行政国家化する現代においては、民主的正統性を維持しつつ、行政執行の枠組みを具体化するには、一定の作法・ノウハウが必要なことは否めない(これが行政の専門性という表現の本質である。行政官は、結局のところ、特定の学問分野等の専門家ではない)。というのも、それらの作法とは、行政法として法令群(及び解釈運用の積み重ね)に具現化されるものであり、その範囲内にリバイアサンとしての行政執行権力を統制することにより、人権尊重と民主主義を守っているからである。
 問題は、その法令群を「うまく扱う」ノウハウを官僚機構が独占していることであり、その中で、個人としての官僚も息苦しさを感じている点である。

 この観点からすると、上述の運動体としての「成功例」にも問題があり、それは、 これらの運動体だけでは、結局、政策を具体的な仕組みとして、文字(条文)や財政支出(事業要求)に落とし込むノウハウがないという問題だ。弁護士や法律学者が運動体に関与してはいても、立法作業には特有のノウハウを要する(一例を上げれば、昨今の民法債権法改正試案においても、条文化は意図的に避けている)。財政支出として事業化する場合にも、その要求作業や業務執行フローの設計をどのよう進めるか(財政の民主的統制)という点で、一定のノウハウが必要となる。
 この「ノウハウ独占」という問題を突破するために、何らかの変革をしようにも、その変革のために、立法作業と予算化作業が必要であり、鶏が先か卵が先かという、堂々巡りになってしまう。
 このノウハウが偏在しているのが、官僚機構ということであり、貸金業法や割賦販売法の場合も、官僚機構の中にかの運動体と価値観を共有して実作業を行う官僚個人個人(任期付任用を含む。)が存在したことにより、実現できた面は否定できないのではなかろうか。とすると、このノウハウを自己調達できないという意味で、これらの運動体も自己完結した政策変革の実現単位ということはできない。

 これまでは、業界団体等の利益団体が、官僚機構のこのノウハウを「独占的に」活用して、政策を実現してきた。しかし、これからの日本では、それでは公正な社会は作れないであろう。特に、社会の人口動態の変化とともに、必要な政策課題が変化するなかで、固定的な利益団体では、課題の変化に対応できない。そのため、既存の資源配分を墨守することにエネルギーが注がれることになり、(ヒックス補償基準を加味しての)日本全体の最適化の桎梏になることとなろう。官僚「機構」である限り、既存の利益団体のインプットによって、その機序を作動させることになりがちであり(組織の慣性)、利益集団に包摂されない、本当に政策的対応が必要な面(サイレント・マイノリティー)への目配りが果たせない。

 新しいシンクタンクは、当然のことながら、官僚組織内のリソースを活用できない以上、学者や評論家による理念提案ではなくて、自力で具体的な条文化と予算化(執行体制の設計を必須要素として含む)の提案をしなければならない。それができないと、実現プロセスに載らない「机上の空論」として退けられてしまうだろう。
 そのためには、官僚機構の「ノウハウ独占」を打破するべく、元官僚など、「ノウハウ」を体化(エンボディー)した官僚経験者個々人(現役の官僚を含めるべできであろう)を含む形で、シンクタンクを組織し、常に官僚機構内部での行政手続を追跡・追従できる形で、政策変革の具体策を立案することが適当ということになるだろう。
 政策の執行についてはともかく、政策の立案の局面において、本当に競争=選択肢を作り出すためには、こういう元官僚(や個人としての官僚)を有効利用した組織が、政策執行機関としての行政組織の外に作られる必要があるのではなかろうか。

2009/11/06

サイレント・マイノリティーこそが「政策シンクタンク」の基盤

ここからのつづき。


 そもそも、政策革新を行うためには、相当のエネルギーが必要である。
 特に、現状の日本のように、閉塞感が漂い(相対的)貧困率の高さが問いただされようとしている社会では、これまで以上に多様な政策革新を試みて、閉塞感が打破されるような資源配分を実現する方策を見出すべく、既得権に相当程度切り込むことが必要となる。
 そのためには、政策革新を実現させていく手法として、「変化」あるいは「変革」を望む具体的なニーズを保有している層を発掘・動員し、その運動力・機動力を政策という形に結実させるロードマップを確立する必要がある。

 例えば、貸金業法改正に向けたキャンペーンは、政策実現の手法論としては見るべきものがある。判例を通じて形成された「高金利」規制によって、本来不要な過剰支払いをさせられていた多重債務者の「意思」を集約化させ、訴訟実務の積み重ねを超えて、法改正を実現するための大衆運動へと組織化することに成功した一例であろう。 
 と同時に、この運動は、現時点においては、いわゆる業界団体のような恒常的利益団体として、存在している訳ではなく、目的達成とともに組織体としては消滅した、非常にバーチャルな組織体であった。同様な手法で、「組織化」されつつ、政策を実現させた運動体としては、割賦販売法改正の際の「割賦販売法改正実現会議」などもその例に上げることができるであろう。

 これらの運動体は、その動機の純・不純はともかく、「虐げられている」とされている弱者の「意思」を集約化し、政策化(あるいは政治アジェンダ化)した。そして、それら「弱者」を虐げていた強者から資源がその弱者に還流させる仕組みを作った。さらに、その資金環流の流れから幾ばくかの資金を運動体の構成要素に還元させること(およびその予想)で、運動体を組織し活性化させたと評価できよう(その資金環流の行き過ぎ事例が、昨今の過払い金バブルと批判される不祥事)。

 このように、現状の閉塞感と経済停滞を打破するような政策革新のためには、サイレント・マイノリティーの政策ニーズを政策として具体化し、運動体と組織化し、その資源再配分過程から、運動体/組織体の運営等に要する経費の適正な還流を受けるような「政策シンクタンク」という在り方が、適当ではなかろうか。


以下、まだつづく。

2009/11/05

新しい「政策シンクタンク」のイメージ

 政策の革新、つまりは現状の資源配分を改変し、日本の閉塞感を打破するような政策の立案実現が求められている。このためには、政策企画立案機能の解放、つまり政策の立案分野における競争環境の実現(政策企画の競争原理の導入)を必要としよう。しかし、これまでの「○○総研」とされるような単なるリサーチ機能を担う組織では、この政策革新を望む上で心許ない。

 おそらく、既存のシンクタンクとは異なる、新しい政策シンクタンクとは、

・既存の政治勢力、利益団体によって掬い上げられていないニーズに基づいて、資源配分を変える構想力とそのニーズを組織化するノウハウ(立場)
・国の法体系に基づいて、条文化と予算化を行えるノウハウ

を兼ね備えた組織ということになるのではなかろうか。

 こうった機能を備えた組織のイメージを展開すると、資源配分を変えることによってメリットを受けるプレイヤー(当該政策の直接の裨益層とはずれる可能性がある)から、資金的援助を受けつつ、元官僚等を母集団とする頭脳プールを維持管理する組織ということになる。
 アナロジカルに言えば、資源配分上、政策展開上の弱者を潜在的顧客として、政策サービス実現サービスを売る職人集団というイメージである。


以下、具体論は続く。

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