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2011/03/31

生産拠点の「疎開」

 それほどではないもの、メディアでは、今回の震災で自動車や電子産業のサプライチェーンが危機に瀕しているという報道がはされていはいる。さらに、この影響は北米の自動車産業やiPad2にも波及するとかしないとか。
 岩手や宮城、福島からの直接の通関統計をみると、自動車部品や電子部品の類の直接の輸出はそれほどでもないし、産業連関表などを見ても、東北地域からの中間投入への依存は関東その他の地域の機械産業において、顕著に高いとはいいにくい気もする。

 もちろん、ここの取引関係においては、代替性のない部品の生産が途絶するということもあるのだろう。そういう代替性のきかない部品については、いっそのこと生産拠点自体を暫時「疎開」させてしまったらどうなのだろう。

数日前のテレビで、被災地で製品の個性的なデザインで評価されていたとする工場の社長さんが、洪水で壊滅した工場建屋の中で奇跡的に水没しなかったパソコンをみて「これで設計データは守れた、7,8割は大丈夫だ」と話していた。今や、製造業に必要で代替のきかない生産要素とは、人と設計データ、設計思想だということなのだろう。

 であるならば、人と設計思想ごと、安全な場所に移転してしまえばよい。
 中小企業基盤整備機構のような独立行政法人や、各県の土地開発公社が、工場用地や貸し工場の空きを山のように抱えている。サプライチェーンの頂点にあるアセンブラーが、そういった空き空間を借り上げ、簡易な建屋を確保し、工作機械もばんばん整備すればよい。アセンブラーがしないのであれば、国が復興債で整備してまえばよい。
 さらに、電力が不安定な関東からも離れて、いっそ中国地方や四国、九州にいってしまうというのも一興ではなかろうか。そうすれば、関東地方や東北地方への電力の負荷も減少し、遊休地の活用もできる。

 こういう大胆なことは政治の力じゃやないとできないじゃないのかな。あるいは、どこかの県知事が、土地開発公社の土地を開放するといえばよいのに。それとも、門真や豊田ではもう始まっているのかな。

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