財政政策

2014/09/13

大本営発表「景気は回復している」

内閣府の政策コメンテータ委員会というとこで、「3ヶ月前と今と景気の状況は?」と問いかけたら、57%の参加者が「景気は回復している」と答えたとの報道があった。

どういう経済指標を見ると、そういう答えができるのか不思議でしかたがない。
7月末までの統計データの実績を見る限り、悪くなっている指標も多く、「横ばい」はまだしも、回復のエビデンスは全くでてこない。

日銀短観や法人企業景気予測調査が「上昇」判断が多いという話をことさらに言祝ぐ論説もあるが、この手の景況感、それも現状や先行きについての調査については「使い方」が、完全に間違っています。
日銀の岩田規久男副総裁が言っているように、マクロ経済政策、特にマクロの金融政策を検討する上で、マーケット参加者の現在の予想を把握することは重要です、しかし、それはその予想が将来実現するからではなくて、現在の経済主体の行動をコントロールするからであり、将来の予測値として意味がある訳ではありません(だから、実績が予測通りになるかどうか自体には関心がない)。
これが正しい景況感統計の使い方です。

しかしマスコミでは、実績統計データを無視して、こういう「見通し」だけを言祝ぐ傾向があり、1997年のときも、こういう認知ラグが景気の悪化の振幅を増幅させたきらいがあります。

だから、この手の「見通し」調査に基づいて、現状を把握していはいけないのです(この手の調査の「現状判断」だって実績に応じた判断ではないので、実態評価としての信憑性はあまりありません。だって、8月に7-9月期の実績がある訳ないのですから)。

いずれにせよ、先の「政策コメンテータ委員会」の57%の方々は、8月末に公表された7月末まで(たかだた1ヶ月前)の実績統計データが示すものを凌駕するほどの経済改善のエビデンスを8月中に入手されているのでしょね。

そうでなければ、それは単なる「大本営発表」でしかありません。

来年の10月に消費税率を上げること妥当かどうかは分かりかねます。
しかし、消費税率を上げるための世論工作のために、悪い経済実態について、「回復している」などというのは、経済分析、経済評価として全くの愚論です。
大事なのは、実績データ、エビデンスに基づく実態判断のはずです。特定の目的のために、レトリックをもてあそぶのは、本末転倒だと思います。

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対個人サービスの市場に生じたデマンドショック(観光バウチャー、スポーツバウチャー、外食バウチャーのススメ)

全産業活動指数の4-6月期は前期比▲3.3%低下と、四半期の全産業活動指数としては、極めて大きい下げ幅となりました。現在提供させていただいてい る2003年からのデータでは、この▲3.3%より大きい四半期の下げ幅は、いわゆるリーマンショック後の最低水準となって2009年1-3月期の前期比 ▲6.3%のみです。リーマンショック直後の2008年10-12月期ですら▲2.1%で、この4-6月期ほどの下げ幅とはなっていません。

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また、この4-6月期の全産業活動指数の低下の特徴は、その低下幅の大きさだけではなくて、第3次産業活動指数の低下寄与が大きいということです。 第3次産業活動が表象するサービス産業は、製造業に比べると余り変動せず緩やかな上昇トレンドにあります。よって、全産業活動指数が低下するときには、鉱 工業生産指数の低下寄与が大きいことが一般的です。実際に、今年の4-6月期より下げ幅の大きかった2009年1-3月期は、鉱工業生産▲20.0%、第 3次産業▲3.1%、その前期である2008年10-12月期では、鉱工業生産▲11.3%、第3次産業▲1.7%と、圧倒的に鉱工業生産が低下していま した。

ここからすると、今年の4-6月期に日本の産業、特に第3次産業に大きな経済的ショックが発生したことは否定できないものと思います。

 

さて、このような大きな経済産業への大きなショックが、どのように生じているのかについては、次のような議論があります。

” なぜみんなは不況を理解するにあたって「需要」が鍵になると考えるのだろうか。「需要側」の解決策が簡単、あるいは単一原因説が「セクシー」であるからだ けじゃないと僕は思う。僕が思うに、これは価格に関係しているんだ。基本的な供給・需要グラフを描いてみると、需要に負のショックがあった際には価格は下 落し、供給に負のショックがあった際には価格は上昇することが見て取れる。だから経済全体が供給・需要グラフのように振る舞うのであれば、「需要側」の不 況はインフレの低下を伴うはずで、「供給側」の不況はインフレの上昇を伴うはずだ。”

このコラムでは、単純ではありますが、その故に普遍性の高いモデルとして、次のような図が提示されています。ADとは総需要(量)、ASとは総供給(量)のことです。

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本年4月を挟んで生じた大きな「経済ショック」は、その後、確実に物価レベルが上昇していることからして、サプライショック、上の図のASの線を左側にシフトさせるショック(右側の図)であったと言えるでしょう。

 

しかし、このショックの様相を、家計個人と企業、財とサービスで分けてみると、少し違った絵姿が浮かんできます。

 

まず、企業感取引について、財とサービスに分けて考えたいと思います。

企 業が生産活動を行うために購入する原材料や部品などの「生産財」の国内向け出荷は前期比▲6.4%低下でした。同様に、企業が事業活動を行うために外部か ら購入するサービスである「広義対事業所サービス」は前期比▲4.3%低下でした。つまり、企業間で取引される財・サービスは、今年の4-6月期にその前 の1-3月期と比較して共に低下していたことになります。

 

では、価格はどうなっているのでしょうか。

企業物価指数と企業向けサービス価格指数の動きを見てみると、7月速報で企業物価指数は前年同月比プラス4.3%、サービス価格指数プラス3.7%と、若干ながらサービスの上昇幅が小さいですが、共に価格が上昇しています。

先の簡素なモデルからすれば、企業間取引においては、サプライショックが生じており、そのために、生産財の供給や対事業所サービスが低迷しているという帰結になります。

 

他方、家計や個人の消費活動についても、見てみたいと思います。

「消 費財」の国内向け出荷は前期比▲7.8%低下とかなり大きな低下で、特に家電や自動車といった「耐久消費財」が大きく低下していました。同様に、「広義対 個人サービス」は前期比▲3.4%低下とこちらも大きめの低下であり、生活必需的要素の強い電力や飲食料品小売業などを含む「広義非選択的個人向けサービ ス」も前期比▲1.0%と多少落ちてはいますが、「広義し好的個人向けサービス」の方の落ち込みが前期比▲5.8%と、とても大きくなっていました。

 

では、個人や家計向けの財・サービスの価格はどうなっているのでしょうか。

7月の消費者物価指数の財・サービス分類を見てみると、全体をとりまとめた「総合」の前年同月比がプラス3.4%上昇という状況の下で、財分類はプラス5.6%上昇、サービス分類はプラス1.7%上昇と、財とサービスの間に顕著な差が出ています。

さ らにいうと、サービス分類の内、公共サービスがプラス3.0%上昇で、それと対比される一般サービスがプラス1.3%上昇(ただし、家賃がマイナスになっ ている影響が大きい)なので、一般サービスの相対価格が下がっていることになります。消費税率の上昇を考えると部分的には一般サービスの価格は下がってい ると言えるかも知れません。

 

ここからすると、対個人サービスの分野では、デマンドショック(先の図でいうと左側の図)が起きている(逆に消費財の分野ではサプライショック=コストアップショックが)起きていることになります。

この4-6月期の産業活動の低下は、鉱工業もさることながら、第3次産業において顕著であるという特徴があります。

 

と ころで、対事業所サービスに対する需要は、本質的に派生需要です。つまり、事業の提供する財・サービスへの需要があれば、対事業所サービスに対する需要も 増加します。ということは、逆に言えば、対事業所サービスそのものに対する需要を直接的に喚起するということは難しいというよりも、事の性質上あり得ない ということになります(客先からの注文がないのに、運送サービス自体を発注する事業所はあり得ないということです)。他方で、家計や個人が需要する対個人 サービスについては、家計や個人自体に「生計の維持」や「生活のエンジョイ」のためという、根源的なサービス需要がある訳です。

 

先に言ったように、4-6月期の経済産業には大きな「ショック」が生じ、特に第3次産業の活動レベルが低下しています。その内、対事業所向けのサービスにおいてはサプライショックが、対個人向けのサービスにおいてはデマンドショックが発生しています。

 

この対個人サービスを落ち込ませているショックの緩和、そして回復のためには、割引券や無料券のようなバウチャーを配布することが効果的かと思います。いわば、観光バウチャーとか、外食バウチャー、あるいはスポーツ観戦バウチャーのようなものです。

確かに、耐久消費財のように個人消費が冷え込んでいる部分もありますが、こちらではサプライショックが生じている可能性が高く、バウチャーのような消費補助をしてもさらに価格が上昇して需要を冷え込ませてしまう可能が高いです。

ま た、消費補助の対象として有体物を選択した場合には、結局需要の先食い現象を起こす(需要の異時点間移転)だけになって、「反動減」をまた発生させること になりますし、財の需要が一時的に増大しても、今年の1-3月期のように輸入が増大する面が大きく、国内への生産波及は減殺されてしまう面も否定できませ ん。

 

それよりも、物理的にはため込むことのできない経験、体験を提供してくれるサービスへの需要を喚起するようなもの、観 光バウチャー、スポーツバウチャー、外食バウチャーのようなものであれば、先々の反動減や輸入の急増(少なくとも直接効果としては)ということを心配する 必要がありません。さらに、こういったサービス消費は、経験財という側面が強く、経験の積み重ねと需要増の間に正の相関があると思われ、内容が良いもので あれば需要の飽和もありません。

つまり、1日24時間しか楽しめないという限界がありますが、その限界の中であれば、リピートが可能となりますが、そのリピートのためには最初の体験が必要なので、その最初の体験のためのハードルを下げると、需要が大きく増加する可能性があるということです。

 

こ ういった、スポーツ観戦や外食(比較的お値段の高いもの)、地域観光に対するバウチャー的なものをSNSの仕組みを通じて迅速に提供するという方法が一案 ですが、いずれにせよ、個人サービス市場において生じているデマンドショックを緩和、回復させることが重要ということが、統計と簡単モデル思考から出てく る結果です。

A3一枚で分かる消費増税による反動減

2011/04/10

「年齢階層間の分配問題」と「現在消費と将来消費の代替問題」の峻別

 同じ議論で恐縮ですが、また「世代間格差」とい言葉使いについての批判です。この言葉の「誤用」が誤謬を蔓延させているからです。
 世代間格差という用語を、ある時点における「年齢階層間の分配問題」を指すものとして使用するのか、「現在消費と将来商品の代替問題」を指すものとして使用するのか明確にする必要があります。

 現在の何らかの財政支出を公債発行で賄うことが、現在の遊休労働力や遊休資源の活用に繋がるのであれば、機会費用は何ら存在しないのですから、世代間の格差などというものは存在しません。要すれば、公債償還時の所得再分配をどうすれば良いかを考えるだけですから、重要なのは、公債を誰に配分し、償還時の条件をどうすることが、所得再分配上の弊害を最も防げるかを考えれば良いだけです。

 このような思考は、新古典派総合が陥った資源配分の効率性と所得分配の効率性の議論を分離できるというナイーブな議論だとの批判があるでしょう。しかし、少なくとも、財政支出を行う現時点における「資源配分の効率性」(言い換えれば、財政支出の適正性)の検討作業と、公債償還を行う将来時点における「所得分配の効率性」(厚生経済学的な意味での税金再配分の公正性)の検討作業を峻別することの重要性は下がらないと思います。ちなみに、財政支出時点においては、公債引き受け自体は任意に行われているので、財政支出の内容についての決定が合理的であるかどうかが問題だかと思います。他方、公債償還時においては強制徴収される税金が自動的に公債所有者への再配分に利用されることがあらかじめ決定してしまいますので、資源配分の効率性と所得配分の効率性が同時決定となることは確かです。

 このように考えれば、遊休労働力などが存在しない経済における公債調達の問題についても、現時点の資源効率の問題と将来の所得効率の問題は種別できることが分かります。

 よって、復興財源の問題について、復興債が将来世代に負担を残すなどという議論は即刻停止するべきでしょう。

2011/04/06

「世代間負担格差」という妄言

 復興財源論について、相変わらず、何の積極的論証をすることなく、国債を増発することが難しいだから税という論法が広まっている。では、税な出来るのかという点については疑問なしとし得ない。特に、この震災という危機において、被災者を救いたいという素朴な正義感に「つけいる」形で、何の展望なく増税すべきと論じるのは、「お国のために我慢せよ」として、鍋釜まで金属資源とし拠出させた戦前軍部のファシズム思想以外の何者でもなく、非常に恐ろしいことだと思う。

 また、復興財源を国債調達で賄うことと、いわゆる「国債による負担先送り=世代間格差論」を結びつける議論においては、何を況やである。
 この論法の「落とし穴」を生み出しているのは、サミュエルソンの生み出した代表的家計を設定しての「世代重複モデル」による分析の適用範囲を無節操に拡大してしまった結果だ。
 じっくり考えて欲しいのであるが、現代の科学技術においてタイムマシンがある訳でもないのに、「現代の世代が将来の世代の負担で便益を享受している」という言質は、何を意味しているだろうか。
 タイムマシンがないのだから、将来世代の労働成果を現在の我々が享受できる訳はない。
 とすれば、将来世代にとっての「負担」とは何か?
 つまるとこころ、財政の支出自由度が狭まるというだけに過ぎない。
 つまり、公債の償還額の歳入に対する割合が増えると、裁量的歳出の選択の幅が小さくなるということは確かだ。しかし、これ以外の弊害は、突き詰めて考えてみると、存在しなのではないか。
 繰り返すが、この世にはタイムマシンは存在しないのだ。
 将来の労働成果を現在享受することはできないのであって、現代世代が享受できる便益は、現代世代の労働成果(及び実物資本という形で蓄積された過去世代の労働成果)であって、将来世代の労働成果でない。マクロの実物経済という視点からは、「世代格差」ってなんだということになる。

 勿論、公債の累増が待ったく問題ないと言っているのではない。
 公債とは、公債を購入できる金融的な富裕層が、税負担から資金の償還を受けるものである。この「金融的な富裕層」とは、現時点において労働力を豊富に提供した者ではなくて、過去・現在の購買力配分のルールの結果、購買力をなぜか相対的に多く保有している者にすぎない。そういう者に、現在の労働成果である法人税や所得税によって徴収された資金が配分されるというのは、逆進性を持っている蓋然性が高い(勿論、公債保有者が年金基金等零細資金を集合させたものである場合には成り立たない。また、税金が資産課税によって主として賄われている場合にも議論が異なる)。
 公債によってファイナンスされる資金の使途が、不平等感を涵養するような使い道になっている場合にも適当とは言えない。例えば、年金の場合に問題になるように、国民年金について一般会計繰り入れでファイナンスしており、結局、この繰り入れを公債でファイナンスしているが、国民年金を保障される人たちが、公的資金による助成を受けることを正当化される人々に限定されているのかという疑問がある(こういう点から、生活保護と国民年金を一本化して、負の所得税にすべきという議論が出てくる)。しかし、これは公債償還時の税負担をする世代と現在年金を享受する世代の問題ではなく、現在の公的資金の使途としての妥当性の問題であり、公債の問題ではない(仮に、国民年金の財源不足を税や埋蔵金で補っても、問題の本質が年金支給の不平等なのだから、何の問題の解決にもまらないことが理解されるだろう)。
 勿論、反論として、現在の公債発行増により、公債償還時の年金支給のために増税が必要になれば、若年世代から高齢世代への資金移転が起こり問題だという点を上げる者も出てこよう。ここで、「世代」の言葉のすり替えが起きているのだ。
 増税でまたなった資金を年金として支給するというのは、まさに典型的な所得再分配政策であり、所得分配としての正当性を議論すればよく、あくまで公債償還=増税時における年齢格差であって、公債発行時の社会が、公債償還時の社会を搾取しているのでなんでもない。
 そもそも、何度も言うが、タイムマシンが存在しないのだから、実物経済として、将来世代を搾取した、負担を押しつけたりはできないのだ(将来世代の生産性向上のために現代世代が実物資産を残すことができるが)。

 だから、公債発行については、それが所得再分配にどういう影響を及ぼすかという厚生経済学的規範的議論があり、ごく子細な問題としては、公債償還時の歳出自由度を欲する人にとっての「支配欲求」の問題はあるかもしれないが、喧伝される「世代間格差」なんてものは存在しない(それは、サミュエルソンモデルが世代間への資源移転の経済効率性を論証するレトリックとして構築した重複世代モデルの過剰な利用だ。債券を加味した世代重複モデルの使用というのは、クルーグマンが編み出したベビシッターモデルのように貨幣の効率性と限界を巧妙に説明するようなモデルに限定すべきだろう)。
 いわんや、復興財源論の議論に、世代間負担の論法を持ち出して、増税を求めるようなロジックは極めて危険なファシズムだと思う。

復興財源論という欺瞞

 少しずつ、東日本大震災の緊急対応から、被災者のより長期的なケア、そして復興対策へと議論の舵が切られつつあるように思う。
 そこで、鎌首をもたげてくるのが、「復興対策の財源論」だ。

 ここでの争点は、復興のための施策に要する財源を「増税」で賄うか、「国債の日銀引き受け」で賄うかという、財源論だ。
 しかし、ちょっと待って欲しい。
 財源論は何のために行うのかということを等閑視して、(マクロ経済学の)抽象的なロジックを用いて、財政が破綻するだの、デフレ対策に効果があるだのという議論に、何の意味があるのだろうか。

 日本国政府が、復興対策としてしなければならないこと、それは、抽象的な金額の議論ではないはずだ。
 そうではなくて、日本の国土に住む1億2000万の人口、そして実物資本(要すれば生産活動に利用できる具体的な機械設備のこと)を、如何にして効率よく、つまり気持ちよく復興という事業に投入するのかということだろう。
 そもそも、日本では、「緊急雇用対策」を論じ、自殺対策をしなければならないほどに、仕事を求めてやまない人がおり、遊休設備が滞っている。
 こういった遊休労働力や遊休設備がいつ早く復興へと向けて稼働できるようにするのが政府という公共的意志決定主体の役割であろう。
 特に、被災地域については、住むところが欲しい、道路を直して欲しいという、非常に分かりやすい「欲求」が堆積しており、かつ、そこを復旧させ平時の状態に戻すことに異論のある国民はいなかろう。
 とすれば、必要なことは、その目的で人や機械設備を投入するため、働こうという人や機械設備の保有者に、どうすれば被災地の具体的な復興需要へと動員される気になるかを聞いて見ればよいに過ぎない。というか安全に相当程度の報酬であれば、動員されるであろう。あとは、その順番付けをしていけばよいだけだ。
 そして、その安全な環境整備と報酬に必要な資金を、そういうものとして、どのよう調達することが、スピーディーでトータルコストが低いのかを考えれば良いにすぎない。

経済学的に言う費用とは、「ある目的に経済資源を投じた費用とは、その資源を他の目的に投じたときに得られた便益の最大のもの」である。すれば、復興のために遊休資源を動員できるように、仕組みを作ることのコストは0ということだ。なぜならば、その仕組みがなければ、その遊休資源は無為に何の生産活動にも使われていなかったのだから。

 どうも、直ちに打たれる23年度の補正予算は、既存の予算の範囲内で、新規の財源調達をせずにできることに限定されようであるが、仮に、本格的な復興事業事業への着手が「財源調達」論のせいで遅れるのであれば、被災者の皆さんは本当に不幸だと思う。
 ちなみに、復興事業のように「へこんだものを元に戻す」、そして遊休資源の動員のためのインセンティブ作りという事業の性格からすれば、増税などという議論がなぜでてくるのか、全く理解できない。
 財源論の前に、復興事業が復興のための経済資源の動員であるという点で、共通認識をもつ必要があると思う。

 繰り返しになるが、復興のために必要なのは、通貨ではない。あくまで、復興のために働く人であり、稼働する実体のある設備なのだ。税金でも、国債でも、貨幣増発でもない。財源論なる問の建て方自体が間違っている。重要なのは、復興のためにリアルな人、設備を動員することであり、そのために通貨が必要なのであれば、その通貨を、制約要因を加味した上で、最も効率よく調達する方法を考えればよい。くれぐれも、条件付き最大化問題における、目的関数と制約式を取り違えてはならない。

2011/03/19

震災復興のための広域搬送と受け入れ先確保のために総理がすべきこと

徐々に交通拠点網が復活しつつある中、ここ1ヶ月については広域搬送網の整備が問題になります。これなしには、被災地への物資補給も被災地からの重傷者の広域搬送による被災地負担軽減もままなりません。報道を見る限り、あまり優先順位をつけずに場当たりで「できたところから」になっているようですが、これでは、日本全体に「血栓」を広めているようなものです。いつまでたっても効率化されません。
いずれにせよ、短期の受け入れ施設(宿泊施設、要介護者の受け入れ、保育所、病床)の特例的整備を同時に実子しつつ、広域搬送の「定型化」、つまりルートの固定化が必要になります。また、この瞬間は、広域で被災地に「ものを入れる」ということだけに注力されていますが、向こう1ヶ月程度の期間では、被災地の負担を低減するため、乳幼児(母子)、病者、老人、障害者等の弱者を被災地域から運び出すことが、全体の負担を低減させることにつながりますから、こちらを計画的に進める必要があります。
 このためにも、比較的余裕のある遠隔地の余裕のある空間に空路及び海路で人を搬出するロジスティックを構築するべきです(前回のエントリーにあるように、関西経済圏との関係から空路は静岡、海路は金沢を拠点にするのが良いと思います)。


 さらにまた、ここ半年程度では、被災者の受け入れ先(居住場所)確保が問題となります。この点での最大にポイントは、被災者を受け入れる自治体等の組織体が得をするメカニズムを早急に講じる必要があるという点です。これは、日本国の予算案発議権を憲法上専有する内閣の長たる総理の決断でしか可能とはなりません。
 つまり、23年度初頭に組み替えられるであろう補正予算において、地方交付税の算定基礎に、被災4県(原発の関係で茨城を入れます)に住民票を有する者が半年以上滞在した場合には、一人につき数百万を交付税として交付すると総理が言明するのです。あるいは、短期1ヶ月程度の被災者受け入れ経費として自治体が負担した分は、23年度補正予算で全額補助すると言明するのです。
 そうすれば、日本中の自治体が被災者を受け入れようと競争することになるでしょう(ただし、交付税不交付団体である東京都は除かれますが)。
介護施設についても同様で、被災地からの要介護者等を受け入れれば、国庫からの自治体の保険会計への支出増を背景として点数を上げるとするのです。この資金については、介護保険自体に恒常的に必要となる資金はありませんから、復興債で賄っても問題はありません(ちなみに、復興資金調達の問題については、矢野浩一先生が素早くモデル解析をなされています http://dl.dropbox.com/u/2260564/tohoku/tohoku001.pdf )。
 先に述べたように、被災者の広域搬送先では特例的な受け入れ施設整備が必要になりますが、緊急的に整備された人的・物的ストックで移動可能なものは、今後の被災地における復興住宅整備に転用することも必要でしょう。
 また被災避難者に介護福祉士、保育士、理学療養師、看護師等の資格をとるための研修・教育を避難地の専門学校等で行うという手がありますが、そのような被災者のための介護士、保育士教育についても、そのような生徒を受け入れた専門学校や看護学校に雇用調整助成金から支援を出せばよいのです。
昨晩のような総理演説よりも、被災者を受け入れた者・組織体には、最大限の財政支援をするという「内閣の重要政策に関する基本的な方針」を論じることが総理の仕事です。おそらく、現在の日銀であれば、そのために必要な復興債引き受けをする胆力はあると思います。

 なお、被災者の皆さんへの住居対策については、より長期的な視点から、現在の「ストック充実策」のみではなく、流通整備策として、以下のような議論も必要かと思います。

○長期的に人口減少国家であり、かつ、目下のように「明日住むところがなくなった」という者、あるいは劣悪な住居に追い込まれてしまう世帯が増加するという世情における政策目標として、「優良な住宅ストックへの投資拡張」(都市整備を含む。)を設定するという発想自体が、適合的でない。

○目下必要なことは、「住宅賃貸市場」の「機能強化」である。具体的には、賃貸住宅の稼働率が下がりながら、賃貸料や賃貸条件(敷金条件、保証人条件)が利用者に有利な方向に動かない現状をどう打破するか、ということ。

○ごく短期的には、資金弱者が住宅を借りる場合の最大の障害である「敷金」と「保証人」について、この住居契約条件を設けない賃貸業者に対して、資金融通(一定期間の賃料未払いと原状復帰費用の保証)をすることが求められる。これは、生活保護制度と歩調を合わせて行えば、「窓口」に金を積むこと(見せ金)で、生活保護費用の支出を減少させることができる。

○中長期的には、賃貸条件(単純な家賃レベルだけではなくて)において、障害となっている条件、より具体的には、入居時・転居時に必要となる固定費を減少させることが重要であり、そのような入居条件の誘導方向に合致する賃貸住居への投資を促進するような政策(新設、改装費用の融資の条件緩和、あるいは、入居者リスクを保険的にシェアする仕組み=入居者信用リスク情報の共有)が必要である。

○このような仕組みは、特に地方公共団体が、管轄下のどの地域に住民という担税力を集めたいかという観点で、町作りの構想、職住接近(生活支援サービス拠点をどこに)の構想と整合的に進めることが適当であることから、各種の独立行政法人の窓口と市町村が連携することが重要であり、国の資金を交付税等のメカニズムで分配する形で実施する方が良い。

○いずれにせよ、住宅ストック投資の「拡張」によるトリクルダウン論は、
 ・住宅ストックの数量的需要が人口学的に減少する日本においては、スットク投資は無意味であり、これを強行すれば住宅バブル(将来的なローン破綻潜在者の蓄積=被災者の困難の二重化)を招く
 ・住宅ストック投資への税制面、金融面での優遇は、資金保有者(信用力の高い者を含む。)への助成政策であり、逆進的な面が強い
という観点から、不適当である。

○とにかく、スットク重視とトリクルダンウン論という発展途上国的発想から、既存の住宅ストックから生まれる住宅サービスというフローの質の向上と円滑流通(フローの資源配分の効率性重視)という先進国的、成熟国家的発想への転換が必要。

2009/12/10

経済成長戦略のキーポイントについてまとめてみた

○景気回復策と成長戦略は、同一の効率的資源配分を志向

○目下の景気低迷は、総需要のキャップが主因

○よって、景気対策=短期の成長政策が構想されるべき戦略フィールドは、

  

需要が制度的/政策的に抑制されている分野


○需要が抑制されている分野の消費者を拡大するためには、消費側のエンパワー/購買力増加が目標

○従来型のインフラ整備、技術振興、事業者支援は、直接的な消費需要喚起力がないので、時宜に外れている

○また従来型供給側支援策は、その先行投資先の選定能力が、政治/行政機構に欠落していることを看過している

←事業仕分け、官僚不信

○個々の支援先(事業者、商品、サービス)の選定は、市場=多数消費者の目に任せるべき

需要が抑制されているコンセンサスが得られやすい、

 介護、教育、保育(学童保育)、障害者支援

について、その需要消費側にバウチャー等の形で、購買力をエンパワーする施策


○短期の補正事業的枠組みでは失業対策として就労支援(労働移動促進策)を、恒常的な当初予算の枠組みでは成長戦略として生活支援(サービス需要)への公的財政投入の増大を、パッケージとして組み合わせる

<補足>

○環境指向の政策を進める上では、個別の財政支出よりも、技術的可能性と投資猶予期間を考慮したルール化が重要

 ←ルール化の先行アナウンス

○そして、環境投資を需要=消費する側をエンパワーする仕組み=多数の消費者から環境投資を回収する仕組みを作ること

○個々の環境技術開発や環境投資自体は、市場のプレイヤーの判断に任せるべき

○その意味で、エコポイントは制度の更なる精緻化を前提として有効な取組みであるし、RPSも有効な取組み

2009/11/17

足下で必要とされる経済の舵取りの基本戦略(哲学)

 またぞろ、経済対策という議論もあり、同時に、経済成長戦略(愚妹な表現)なるものが、無駄排除に対するガス抜きなのか、「成長戦略がない」というごくごく一部の論者の言説に対する反論なのかはわからないが、出てきている。

 そこで、少し現状において必要とされる経済政策、経済運営の舵取り方針についてメモを作ってみた。

 まずは、景気対策(失業対策)から。


 目下の景気対策、特に雇用対策において検討において、着目されているのは、介護や保育等の社会福祉サービスへの就労支援政策である。しかし、この類の政策については、補正事業で行うことへの矛盾が指摘されている。
 確かに、これらのサービスにおける就労が拡大しない、つまり、これらの分野への労働異動が生じないのは、現状では、これらら社会福祉サービスにおける賃金レベルが低く、魅力的でないからである。この問題を解消するためには、(公定)賃金を上昇させるべく、恒常的に財政投入(資源再分配)することである。
 一方、景気対策として時限的な補正事業で行う場合によって一時的に雇用条件が好転するとしても、フォワード・ルッキングな(先行きの見通しに基づいて行動計画を設定する)経済主体は、雇用主であろうが被雇用者であろうが、将来の条件悪化を見越して、これらの分野にはリソースを移動させることはない。
 この点において、景気対策としての「社会福祉分野の重視策」が矛盾しているとの指摘も故なきことではない。

 この「矛盾点」を解消していくためには、単一時点の財政支出事業だけで政策を完結させるのではなく、複数のタイミング(時間軸)での事業の組み合わせによって、社会福祉分野における雇用対策を構想するべきなのである。
 その第一は、(既に着手されているところであるが)失業者を中心に、介護/看護/保育(学童保育)/障害者支援を担う者としての資格・スキル取得の場を提供し、その取得の費用や取得に専念する期間の生活費(特に住居費)の援助を行うというもの。この事業は、失業対策であり、原則として時限措置=補正予算によって行われるべきものである。
 経済主体のフォワード・ルッキング性を前提とすれば、このような労働移動(リソースの再アロケーション)を支援する取り組みは時限措置であるべきであり、少なくともその枠拡大は時限措置として行われるものであることが宣言されなければならない。そうすれば、この期限内に支援措置を受けるべく経済主体の行動を促すことになろう(時限措置化しなれば、今決断しないことにオプション価値=支援措置を受けることを先延ばしにすることによるフリーハンドの維持という価値が生じるので、支援措置を受けようとしないであろう)。

 第二に講じるべき策は、社会福祉サービスに投入される資源、特に財政支出の投入を「恒常的」に増加させることでである。この財政の安定的投入という方策によって、将来の雇用条件の改善に対する確信が経済主体(雇う方、雇われる方双方)に共有されない限り、労働力の移動は生じない。時限的な支援措置の発動だけでは効果が発現しない。やはり、主たる政策は、この労働移動の行く先を定常状態として描き出すことであり、補正事業としては、その労働移動を促進するための支援策を講じるというミックス戦術が肝要なのである。

 財源論的には、第一の時限措置政策のための予算措置は、(足下の)補正予算で措置すべきものであろう。もちろん、こういった類の措置が、来年度も必要となる可能性は高いので、事業が複数年にわたることが否定されるものではないが、あくまで時限措置として制度上位置づけられるべきものである。
 第二の恒常政策のための予算措置は、本来的には当初予算で措置すべきものであり、景気対策的議論の上では、その「前倒し」措置ということになる。とすると、原則的には、財政支出の先の転換を伴う必要があって、既存支出の大幅な切り込みが必要となる。
 この切り込まれた先において、失業合が生じるようであれば、まさにその分野において補正事業として、この分野からの労働退出=社会福祉分野等への労働移動を促すための時限措置を発動し、その不況和音の低減、激変緩和をすればよいことである。


以下、まだ続く。

2009/10/11

財政支出におけるターゲット戦術の破綻

<野田副財務相>厚労省などの予算増、例外は認めず 10月8日  毎日新聞

 野田佳彦副財務相は8日の会見で、各省庁に15日の提出を求めている来年度予算の要求について、「(09年度)当初予算より減額で要求してほしいとお願いしている」と述べ、要求総額は09年度当初予算の一般歳出51.7兆円を下回る水準に抑えたい意向を示した。民主党が政権公約に盛り込んだ「子ども手当」などで約4兆円の予算増が見込まれる厚生労働省についても、例外なく増額を認めない考えを表明した。

経費・補助金一律2割カット、厚労相が指示 10月8日 読売新聞

 長妻厚生労働相は、来年度予算編成に関し、省予算を大幅節減する方針を固め、9項目の具体策を省内に指示した。
 同省所管最大の公共事業である水道施設整備事業を原則2割削減するほか、国家公務員OBが5代以上にわたって理事長などの要職にある法人への補助金を原則禁止するなど、「聖域を設けず」、事細かな節減措置を示した。
 厚労相の指示は6日付の文書で通知され、「既存予算の徹底的な見直し」を掲げた。個別の経費削減対象として、〈1〉上水道整備などの公共事業〈2〉事業委託・物品調達〈3〉業務用に使うコンピューターシステムなどの開発費、利用費やリース料〈4〉国家公務員OBが在籍する公益法人、認可法人などへの補助金――について、一律に2割削減するとした。
 公益法人などへの厳しい対応の背景には、「天下りのための法人」との批判が根強いとの判断がある。また、「基本的姿勢」として、給付費や義務的経費についても、事務執行体制の効率化で節減努力を行うよう求めている。


 母子加算の復活や子ども手当の創設など移転支出の拡充を図る一方で、全体の予算増額を抑えるために一律に官僚が直接支出する「経費」の一律2割カットを図るという構造が生まれてきている。一律カット部分というのは、行政機構が細々と行ってきた補助事業や直接の購買行為を削減するということだ。
 
 行政官僚が「良かれ」と思って行っている細々とした事業がことごとく失敗し、それどころか、無意味な「官僚」間接雇用おのための経費へと堕落している以上、当然のことだ。
 天下り問題と切り離してみても、いわゆる産業政策や科学技術政策のように、役所又はその「委任」を受けた者が、助成対象や支出対象を自由に選定することができるターゲット(絞り込み)型の施策はことごとく成果を出していないという現実からすれば、この政策手法(政策戦術)の元になされる財政支出の大幅な転換は早晩進められるべきであり、いや遅すぎたということもできよう。

 結局、役所は利益集団からの「あれもこれも」という政治的圧力に抗すべくもなく、あれもこれもと細々とした予算措置をターゲット戦術に基づいて、ひねり出してきた。その最も象徴的で愚劣なものが「国立マンガ喫茶」であるメディア芸術センター構想であったのだろう。たかが100億をそれも箱物に支出したところで、何も変わりはしない。
 一方、移転支出は、本来、ルールが確定すれば、裁量的な対象選定は許されない性格のものであり、役所の自由度は低い(それが、立憲主義にかなうのであるが)。また、社会保険庁の例に見られるように、移転支出を丁寧かつ正確に行うことは、結構プレッシャーとコストを要するものである。だから、移転支出は、役所に好まれないのかもしれない。

 しかし、これからは、役所(特に、国家行政機構)は、移転支出のような所得再分配と、社会制度の立て直しのためのルール整備に意を注ぐべきなのであり、金銭で対象の行動を変化させるべき裁量的なターゲット戦術からは、全面的な撤退を模索すべきではなかろうか。

 見直され再整備されるべきルールは、「規制改革」という文脈、コンテキストに限らず様々存在する、雇用ルール、組織ルール、契約ルール等々を、人が個人として自律的に生きることができる社会、「疎外ばかりを生み出す組織」に縛られずに経済活動に安心して従事できる社会、堅い組織の結合体ではなくて社会になるために、「身分保障」とヒエラルキーという堅固な組織に拘束された官僚組織がなさなければならない制度再構築の量は多い。

 いずれにせよ、官僚の裁量的経費支出の排除という思想が見えてくる共に、それが現実を動かし始めているということ。勿論、予算という法形式によるこれまでの行政統制、役所統制がいかに形骸化していたかを象徴している訳で、その問題点が全面的に解消されるには時間と胆力を要するであろうし、一過性の査定プロセスで理想状態が生じる訳もないし、時間共に劣化も生じる。それゆえ、ターゲット戦術型=役所裁量的事業を洗い出して一律にカットするという姿勢での予算要求自体の精査というプロセスは常に必要。
 とりあえず、この新政権の元では、最初ということでもあるから、削減率を大臣が競う位で当面は調度良いのではなかろうか。

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